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東京地方裁判所 平成2年(行ウ)134号 判決

東京都練馬区春日町4丁目30番4号

原告

川上信好

右訴訟代理人弁護士

佐藤義行

小松哲

東京都練馬区栄町23

被告

練馬税務署長事務承継者

練馬東税務署長 加納務

右訴訟代理人弁護士

西修一郎

外4名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

原告の昭和61年分の所得税について,練馬税務署長が昭和62年9月30日付けでした更正処分のうち分離短期譲渡所得金額について1,738,310円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  低額譲渡の場合における譲渡所得課税の特例と本件課税処分の経緯

1  低額譲渡の場合における譲渡所得課税の特例

所得税法(以下「法」という。)の規定によれば,譲渡所得の金額は,その年中の資産の譲渡による所得に係る総収入金額から資産の取得費,譲渡費用等の控除を行って計算することとされている(法33条3項)が,法人に対して時価の二分の一に満たない著しく低い価額の対価で資産の譲渡がなされた場合には,その時価によって資産の譲渡があったものとみなして,右の譲渡所得の金額を計算することとされている(法59条1項2号,同法施行令(以下「令」という。)169条)。

2  本件課税処分の経緯(この事実については,当事者間に争いがない。)

(一) 原告は,昭和62年3月16日,昭和61年分の所得税について,総所得金額を8,663,460円,分離短期譲渡所得金額△(マイナスを表す。)5,690円,納付すべき税額を1,309,700円として確定申告をした。

これによれば,原告については,既に2,150,320円の所得税を源泉徴収済みであったので,原告は,840,620円の還付を受けるべきこととなった。

(二) これに対し,練馬税務署長は,昭和62年9月30日,原告の申告に係る分離短期譲渡所得金額について,これを10,294,310円とし,これに伴い,納付すべき税額を5,677,400円,新たに納付すべき税額を,源泉徴収額2,150,320円を控除した3,527,000円とする更正(以下「本件更正」という。)を行い,併せて税額を370,500円とする過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)を行った。

二  原告の分離短期譲渡所得に係る売買契約等

1  原告は,昭和61年3月31日,自己の所得する群馬県邑楽郡邑楽町大字鶉字耕地229番1及び同所230番4所在の土地合計568.24m2(以下,右各土地を併せて「本件土地」という。)を原告が代表取締役となっている川上工務店株式会社(以下「川上工務店」という。)に売り渡した(右事実は,当事者間に争いがない。)

2  右の売買契約(以下「本件売買契約」という。)においては,売買代金額に関する定めとして,その契約書の第1条に,「売買価格」と題して,一売主は末尾記載の物件(本件土地)を代金金7,700,000円也と第12条の約定にて買主に売り渡す」との定めが置かれ,また,第12条に,「特約条項」と題して,「買主は売買に係る一切の経費およびこの売買物件の譲渡によって売主が納付することとなる譲渡所得税相当額の金額を負担する」との定めが置かれている(右事実は,乙1号証(土地売買契約書)から明らかである。)。

3  なお,本件土地の原告による取得価額は,7,705,690円であり,また,本件土地は,川上工務店が原告から取得した直後の同年4月3日に,鶴巻潔及び鶴巻町子に対して,18,000,000円で売却されている。また,本件売買契約に係る経費は零円であった。(これらの事実も,当事者間に争いがない。)

三  争点

本件では,原告の分離短期譲渡所得金額を除く所得の額等については当事者間に争いがなく,専ら,分離短期譲渡所得金額を計算するについて本件の売買代金額をいくらとすべきかの点が争いとなっており,この点については,双方は,次のとおり主張している。

1  被告の主張

(一) 本件売買契約における代金額の定めによれば,代金額は「7,700,000円+経費+譲渡所得税相当額」ということになるが,本件売買では,前記のとおり本件土地の取得価額7,705,690円がその売買金額7,700,000円を上回っているため,右契約で定められた「売主が納付することとなる譲渡所得税相当額」は零円となり,また,経費は零円であるから,結局,売買代金額は7,700,000円ということとなる。

(二) 一方,本件土地の売買時の時価は,本件売買契約の直後の川上工務店と鶴巻らとの間の取引内容に照らして,18,000,000円であるとみるのが相当である。

そうすると,本件売買契約における本件土地の譲渡の対価は,本件土地の当時の時価の二分の一に満たないということになるので,法59条1項2号,令169号の規定により,原告は,本件土地の当時の時価である18,000,000円で本件土地を譲渡したものとみなされることとなる。

したがって,原告の昭和61年分の課税分離短期所得金額は10,294,000円となるから,本件更正のとおり,本件土地の譲渡に係る譲渡所得税額は,4,365,900円となる。

(三) 仮に,後記原告の主張にあるとおり,7,700,000万円に原告が納付することとなる譲渡所得税額を加えた額を本件土地の売買代金額とすべきものとすると,原告が納付することとなる譲渡所得税額と右代金額算定のための「譲渡所得税相当額」とが一致することとなるような売買代金額を算定することは計算上不可能となる。結局,本件契約の合理的な解釈としては,そん売買代金額は7,700,000円とされているものと解すべきである。

2  これに対し,原告は,次のとおり主張する。

本件売買契約における売買代金額を算出しようとすると,次のような無限の循環を繰り返すこととになる。すなわち,被告は,本件土地の譲渡に係る所得税額を4,365,900円であるとする更正をしたので,これによると本件売買契約の代金額は,7,700,000円に右譲渡所得税額4,365,900円を加えた12,065,900円ということとになる。そうすると,この譲渡収入12,065,900円について原告が納付すべき譲渡所得税額は,これから取得費7,705,690円を控除した4,360,000円に40%の税率を乗じた1,744,000円となり,本件売買契約の売買代金額は前記の7,700,000円に右1,744,000円を加えた9,444,000円となる。更に,譲渡収入9,444,000円について,同様の計算を行うと,原告が納付すべき譲渡所得税額が695,000円となり,本件売買契約の代金額は7,700,000円右695,000円を加えた8,395,200円となるが,右価額は本件土地の時価である18,000,000円の二分の一に満たないこととなるから,再び前記法59条1項2号等の規定により18,000,000円をもって譲渡価額とみるべきこととなり,そうすると,結局,前記更正に係る額が所得税額となって,最初と同様の計算をすべきこととなる。

このように本件土地の売買代金額の計算について無限の循環が生ずることとなる場合には,納税額が最も少なくなる額をもって売買代金とするのが契約当事者の意思であったものとすべきであるから,本件の場合,9,444,000円が本件土地の売買代金であったものと解すべきことになる。

したがって,本件の分離短期譲渡所得金額は,右9,444,000円から取得金額7,705,690円を差し引いた1,738,310円となるから,本件更正のうち,これを超える部分は違法として取り消すべきこととなる。

三  争点に対する判断

1  本件売買契約においては,売買代金額に関する定めとして,その契約書の第一条に,「売買価格」と題して,「売主は末尾記載の物件(本件土地)を代金金7,700,000円也と第12条の約定にて買主に売り渡す」との定めが置かれていること,その第12条には,「特約条項」と題して,「買主は売買に係る一切の経費およびこの売買物件の譲渡によって売主が納付することとなる譲渡所得税相当額の全額を負担する」との定めが置かれていることは,前記のとおりである。しかも,乙1号証の土地売買契約書では,買主の代金支払義務を定めた第5条で,買主が右7,700,000円から手附金として交付済みの200,000円を控除した残金7,500,000円を支払うのと引換えに,売主は本件土地を買主に明け渡し,また買主のための所有権移転登記手続を完了すべきものとされ,買主は,右残金7,500,000円の支払が完了した時点で本件土地の所有権を取得するものとされている。

また,そもそも,前記のとおり本件土地の原告による取得価額が7,705,690円であり,右契約書に定められた金額である7,700,000円を上回っている本件売買契約においては,この契約によって原告に譲渡所得が生じたものとして課税が行われるのは,右の売買が前記の低額譲渡に当たるとして法59条の規定が適用されるときに限られるはずであり,そうすると,少なくとも本件売買契約締結の時点においては,課税当局によって右法59条の規定を適用した課税処分が行われることとなるか否かはもとより,そのような課税処分が行われることとなった場合においても,本件土地の時価がいくらとされることとなるかも未確定の状態にあり,契約の当事者間においても,右の譲渡所得税の額を具体的に確定することは不可能であったものといわざるを得ない。

2  右1のような事実関係からすれば,本件売買契約における右譲渡所得税相当額を買主において負担するものとする条項の趣旨は,むしろ,売買代金を7,700,000円とする本件売買契約の履行後において,売主たる原告に対して法59条等の規定を適用した譲渡所得に対する課税が行われることとなった場合には,その課税額に相当する金額を別途買主において負担することにあるものと解するのが,右契約当事者の合理的な意思内容に合致するものというべきである。すなわち,右の契約条項においては,あくまでも右のような課税処分等によって原告の譲渡所得税の納税義務が発生することとなった場合に初めて,その税額に相当する金額を買主から原告に対して支払うべきことが合意されているにすぎないから,後にこのようにして買主から原告に対して支払われることとなった金員について別途何らかの課税処分が行われることは格別,少なくとも本件更正の時点においては,本件更正によって生ずる譲渡所得税相当額を本件土地の譲渡収入に加算すべきことまでは予定されておらず,前記7,700,000円のみを本件土地の売買代金として課税処分が行われることが予定されているものと考えるべきである。

3  ところで,川上工務店は,本件売買契約の僅か三日後に,本件土地を,鶴巻潔及び鶴巻町子に対して18,000,000円で売り渡していることからすれば,本件売買契約時における本件土地の時価も,右同様18,000,000円であったものと認めるのが相当である。そうすると,本件土地の売買代金額は時価の二分の一に満たないこととなるから,被告が法59条1項2号,令169条の各規定を適用して,本件土地の譲渡価額を18,000,000円とみなして原告の分離短期譲渡所得を算出してした本件更正は適法であり,これを前提としてした本件決定もまた適法なものというべきこととなる。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 市村陽典 裁判官 小林昭彦)

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